『いと高き方の聖徒である民』 ダニエル書7章27節

Pastor Ino

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今日はダニエル7章に入ります。この箇所には、ダニエルが見た幻とその解き明かしが書かれています。黙示文学とも言える内容です。彼の見た幻が何を表すのかを学びながら、神の大きな救いのご計画に触れてみたいと思います。前回は、神は人をお救いになる方であることを獅子の穴から救いだされたダニエルの体験から学びました。そして、そのことを通して、神の国の性質をダリヨス王が学んだことに言及しました。神の国は滅びることがありません。またその主権はいつまでも続くのです。その神の御国の姿が7章ではさらに明らかにされています。神は歴史を支配しておられること、そして御国はキリストによってもたらされること、そのような大きな内容が描かれています。それでは、内容を詳しく見てみましょう。彼が見た幻は第一にバビロン、第二にメディアとペルシャの連合軍、第三にギリシャ、そして4番目はローマの姿の幻です。そして、加えて父なる神と救い主の幻が表現されています。

7章2節には、ダニエルは言った。「私が夜、幻を見ていると、突然、天の四方の風が大海をかき立て、 4頭の大きな獣が海から上がってきた。その4頭はそれぞれ異なっていた。」と書かれています。天の四方の風とは、世界を支配する神の働きが地上に注がれる様子を描いています。4節では、「第一のものは獅子のようで、わしの翼をつけていた。」とあります。獅子のような獣、それはバビロンを表していると理解することができます。このバビロンはわしの翼をつけていたとありますので、どこにでも飛んでいって、領土を広めてきたのです。しかし、4節の後半からは、「見ていると、その翼は抜き取られ、地から起こされ、人間のように2本の足で立たされて、人間の心が与えられた。」とあります。バビロンは、獅子の力を失い、人間のように弱い存在に落ちてしまったのです。2番目の獣は、5節で、「また突然、熊に似たほかの第二の獣が現れた。」とあります。第二の獣とは、メディアとペルシャの連合軍のことです。ところがこの熊に似た獣は、その口のきばの間には3本の肋骨があったとありますので、メディアがペルシャと協力して、バビロンやエジプトなど広い領土を征服していく姿を現しています。そして3番目の獣は、6節で、「この後、見ていると、また突然、ひょうのようなほかの獣が現れた。」とあります。ひょうのような獣、それはギリシャのことであると思われます。ちょうど、アレクサンドロス大王が俊敏な勢いで世界を征服していったのです。ギリシャ語が広く使われるようになったのは、彼の世界征服の時代があったからです。6節の後半には、「その背には4つの鳥の翼があり、その獣には4つの頭があった。」とあります。アレクサンドロス大王の後に、4人の後継者が現れ、4つの地方に分裂していくことを表しています。7節には、4番目の獣が登場します。この獣は獅子や熊やひょうのような表現はとりません。それ以上の力を持つのでしょう。獣は何なのかわかりませんが、「それは恐ろしく、ものすごく、非常に強くて、大きな鉄のきばを持っており、食って、かみ砕いて、その残りを足で踏みつけた。これは前に現れたすべての獣と異なり、10本の角を持っていた。」とあります。ローマが偉大な力を持って世界を征服する。そのような幻を見たのでしょう。聖書では10は完全数ですから、多くの力強い皇帝がローマに現れ、長く、多くの地域に支配を拡大する、その幻を見たものと理解されます。しかし、8節では、「私がその角を注意して見ていると、その間から、もう1本の小さな角が出てきたが、その角のために、初めの角のうち3本が引き抜かれた。よく見ると、この角には、人間の目のような目があり、大きなことを語る口があった。」と書かれています。これは反キリストの現れを預言する幻であると理解できます。私たちも終末の時代に、反キリストが世界に起こり、信仰者を惑わし、迫害する、そのような時が来ることを知っています。ダニエルはその反キリストの姿を幻で見たのです。

ところが9、10節には、「私が見ていると、幾つかの御座が備えられ、年を経た方が座につかれた。その衣は雪のように白く、頭の毛は混じりけのない羊の毛のようであった。御座は火の炎、その車輪は燃える火で、火の流れが、この方の前から流れ出ていた。幾千のものがこの方に仕え、幾万のものがその前に立っていた。さばく方が座に着き、幾つかの文書が開かれた。」と書かれています。ダニエルは幻の中で父なる神の姿を見るのです。雪のように白いとは、神のきよさを強調します。火の炎とは神の臨在を表します。そして、この父なる神は多くの者に正しい裁きを下すのです。ここには、いくつかの文書が開かれたとありますから、全ての者たちの行動が神の前に明らかにされるのです。私たちもいつか神の前に立つ、その緊張感を持って生きる者でありたいです。11節で、「私はあの角が語る大きなことばの声がするので、見ていると、その時、その獣は殺され、からだはそこなわれて、燃える火に投げ込まれるのを見た。」とあります。世界に自分の力を誇った偉大な国ローマが神によって滅ぼされるその時が来るのです。人が作りあげるどんな偉大な国も永遠には続かないのです。その幻をダニエルは見ます。そして13節では、「私がまた、夜の幻を見ていると、見よ、人の子のような方が天の雲に乗って来られ、年を経た方のもとに進み、その前に導かれた。」とあります。曇に乗って来られる救い主を私たちも待ち望んでいます。そしてこの方が神の前に導かれて行くのです。このメシヤに言及して、14節では、「この方に、主権と光栄と国が与えられ、諸民、諸国、諸国後の者たちがことごとく、彼に仕えることになった。その主権は永遠の主権で、過ぎ去ることがなく、その国は滅びることがない。」とあります。皆さん、ダニエルは神の子イエス・キリストの御国の幻を見たのです。キリストの御国は滅びることがないとあります。

15節からは、今までの幻の解き明かしが書かれています。いくつか、その特色を見てみましょう。18節で、「しかし、いと高き方の聖徒たちが、国を受け継ぎ、永遠に、その国を保って世々限りなく続く。」とあります。私たちは、いと高き方の聖徒たちです。私たちは、いつか神とともに御国を受け継ぎ、その御国を保つ者とされるのです。それでは、反キリストはどうなるのでしょうか。21節で、「私が見ていると、その角は、聖徒たちに、戦いをいどんで、彼らに打ち勝った。」とあります。大きな迫害がおこり、聖徒たちが苦しむ時が来ることが明らかにされています。しかし、聖徒たちは永遠に打ち負かされるのではありません。22節で、「しかし、それは年を経た方が来られるまでのことであって、いと高き方の聖徒たちのために、さばきが行なわれ、聖徒たちが国を受け継ぐ時が来た。」とあります。25節では、「彼は、いと高き方に逆らう言葉を吐き、いと高き方の聖徒たちを滅ぼし尽くそうとする。彼は時と法則を変えようとし、聖徒たちはひと時とふた時と半時の間、彼の手にゆだねられる。」とあります。7は完全数ですが、ひと時とふた時と半時の間、これは合わせると3.5で、7の半分を表します。完全数から見たら、それは不完全で、ある限定された期間と理解できます。その期間が過ぎると、26節で、「しかし、さばきが行われ、彼の主権は奪われて、彼は永久に絶やされ、滅ぼされる。」とあります。反キリスト、またサタンは滅ぼされる、そのことをダニエルは幻の中で見るのです。そして27節で、「国と、主権と、天下の国々の権威とは、いと高き方の聖徒である民に与えられる。その御国は永遠の国。すべての主権は彼らに仕え、服従する。」とあります。私たち聖徒に永遠の御国が与えられて行くのです。

ローマの時代に人の手によらずに切り出された1つの石が起こる、これが救い主の預言であると私たちは学んできました。この救い主は、人類の贖いの業を成し遂げ、天にお帰りになられました。しかし、もう一度戻ってこられて、反キリストもサタンをも滅ぼしてくださるのです。そして私たちに御国の一員となる権利を与えてくださる。そのような幻をダニエルは見るのです。終末について考える時に、時に私たちは恐れや不安で満たされることがあります。同様に28節で、「ここでこの話は終わる。私、ダニエルは、ひどくおびえ、顔色が変わった。しかし、私はこのことを心に留めていた。」とあります。幻のメッセージの厳粛さにダニエルも深く打たれたのです。しかし、もう一度、歴史を支配される神がおられ、神はローマの時代に救い主を送ると約束してくださったことを覚えていきましょう。そして、この救い主を信じる者たちを、神と共に御国で聖徒として生きるように召してくださっている。それが7章のメッセージです。

前回、試練や困難が御国には伴いますと私は語りましたが、そのような面は確かにあると思っています。しかし、キリストと共にある人生には大きな希望があります。私たちを愛し、私たちのために十字架に着き、救いを提供してくださったイエス・キリストが私たちと共に歩んでくださっています。試練は永遠には続かないのです。私たちの神は歴史を支配し、私たちの生涯をご存知のお方です。そして私たちを救い、御国に招いてくださるのです。私たち一人一人をいと高き方の聖徒としてくださる、そのことを信じて力強く歩んでまいりましょう。

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