↓メッセージが聞けます。(日曜礼拝録音)
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「イエスは、目をあげて・・弟子たちを見つめながら、話し出された・・」
・つまり。この時主イエスは、ご自れ着いてきた弟子たち一人一人の顔をじっと見つめられて、その弟子たちの、心の奥深くに届くことを願いながら・・ここで、彼らに大事なメッセージを語られていったのでした。
・先ず主は、「貧しい者、今飢えている者」、それから、「今泣いている者」「人々から今憎まれている者、はずかしめを受けている者や軽蔑されている者について」語られました。
・皆さんいかがでしょうか・・。 今、貧しく、飢えていて・・泣いていて、人々から憎まれていて、はずかしめを受けている・・そのような者たち、それは・・正に不幸な人たちのことなのではないでしょうか・・
・しかし主イエス・キリストはここで・・何と、「そういう人たちは幸せ者です。」と語りはじめたのでした。
・それどころか・・そのような者は、「小おどりして喜びなさい。」とまで言っておられるのです。
このメッセージ聞いた彼らは、きっととても驚いたのではなかと思います。
・いったいそういう人たちのどこが幸せだと主イエスはおっしゃっておられるのでしょうか・・
②次に、主イエスは・・「今、富んでいる人、食べ飽きている人」「今、笑っている人」について語り、「ああ、そのような人たちは何と哀れなのでしょう」こう語られるのでした。
・私たちは、「あれえ・・」そういう思いそうになります。
・少なくとも、主イエスの指し示している幸いは・・世間一般で思われている、その幸福感とは、ちょうど反対の方向を指しているように感じます
・では、この主のメッセージは、単なる逆説的なのでしょうか、言わば言葉遊びなのでしょうか・・。
それとも、私たちが気づきにくい、本当の幸いについて語られている内容なのでしょうか・・。
③この主イエスの御言葉のその真意を考える、その前に・・ここで、この2000年前のユダヤのその社会の現実について少し考えてみたいと思います。
・聖書学者たちのコメンタリーや歴史書を読みますと・・この時代のユダヤの社会は、今の日本では考えられないほどひどく封建的な社会であったようです。
・身分の低い、貧しい家庭に生まれたら最後・・ほとんどの人が、一生貧乏であったのでした。
ですから、そういう人たちが生きてゆくためには、一生、動物のように働かなくてはなりませんでした。
・彼らは、十分な教育も受けることもできず・・ 病気になった場合でも、ちゃんとした医者にかかることもできず・・多くの人たちは、結局、若くして死んでゆくしかない、それが当時の社会の現実であったようです。
・また・・障害者たちは、もっとひどい扱いを受けていました。ほとんどの場合・・彼らは、物乞いになるしかありませんでした。
・ライ病人も、盲人も、足の不自由な人も、生きてゆくだけで大変な社会でした。また、彼らは、精神的にも辛い日々をおくっておりました。人々から日常的に、「神に呪われた人たちだ」と後ろ指をさされていたからです。
・同じ人間なのに、その生まれによってその人生は大きく、いや、決定的に違っていたのです。
・しかし、一方で ・・好き勝手に贅沢にくらしている一部の富裕層もいました。その格差は歴然としていたのです。
・しかし、そういう社会の底辺にいた人たちの多くの者たちの中からも、主イエスに光を感じ取り、今、主イエスのもとに集まっていたのでした。
・そうです。主はこの時、ご自分についてきた彼らの様子をあらためてご覧になったと思います。
・確かに、彼らの目は信仰により輝いていたでしょう。しかし、ほとんどの者は、みすぼらしい服を着、極度に瘦せていて、けして顔色の良い者は見当たらず・・ほとんどの者が、力のない表情でそこに座っていたのではないか・・と私は想像いたします。
・誰が見ても一見、彼らは幸せとは程遠いように見えたと思います。
・つまり、ここに語られています主イエスの御言葉は、この時代に生き、多くの悲しみや苦しみを背負いながらも、イエス・キリストを我が救い主としてここに集まっていた、当時のキリスト者たちへの力強い励ましのメッセージであったのです。
④では、現代に、このイエス・キリストのメッセージは必要ないのでしょうか・・。
現代社会には、そのような不条理な現実は一切見られない、格差のない、泣いている人などどこにもいないそういう理想的な社会代なのでしょうか・・。
・確かに現代の日本の社会を見渡してみますと、古代イスラエル社会、そこまでひどい社会ではないでしょう・・。
・しかしよく考えてみますと・・現代社会であっても、いい思いをたくさんできる人たちがいる一方で・・生まれた環境、身体的バンデイキャップ、両親の経済的な貧しさなどによって学びたくても学べない、何かに挑戦したくとも挑戦できない・・そういう辛い人生を送らざるを得ない方々がたくさんおられる、このことも、現代社会の現実であると私は思うのです。
・そして、いい思いをしている人たちが幸せで、いい思いができない人たちが不幸せ、と多くの人が考えている・・
・しかしここでイエスさまは、ご自分のもとに集まって来たキリスト者たちに問いかけておられるのです。そういう、いわば世の人々の多くの者たちがイメージしている幸福感は、果たして本物の幸福なのであろうか?という問いです・・。
⑤この主イエス・キリストの御言葉の、その真意を解くカギの言葉、それは、ここに使われている「今」という言葉と、「やがて」という言葉にあると私は思います。
・21節「いま飢えている者は幸いです。やがてあなたがたは満ち足りるからです。」「いま泣く者は幸いです。やがてあなたがたは笑うからです。」と主はここで語っておられます。
・25節でも、「いま食べ飽きているあなた方は哀れです。やがて飢えるようになるからです。」
「いま笑うあなたがたは哀れです。やがて悲しみ泣くようになるからです。」このようにも語られておられます。
・イエスさまはここで、人生を俯瞰的(ふかんてき)に見るようにとおっしゃっておられるのです。
・「今、あなた方は、泣いているかもしれない・・。苦しい苦しい状況下にあって、笑いを失っているかもしれない。 今、あなた方は、哀れな状態に置かれているかもしれない・・。」
・「しかし、やがてどうなるのか、そのことをわすれてはなりません。そうです。あなた方は神の民に招かれ、やがて相続人となる、真のいのちという冠を賜ることになる、あなた方はそのような幸いな一人一人なのです。」
・初代教会の指導者使徒パウロも、Ⅰコリント13章13節の所で、教会の人々にこう教えました。→ 「いつまでも残るものは、信仰と希望と愛です。」
・ここでパウロは、大事な事は、「いつもまでの続くものである」ということを教えました。
・そうです。一時的な幸福感・・それは、正に一時的なことでしかありません。
一時的幸せ、そこにも笑いがあります。そして、その笑いに意味がない、とは申しません。
しかし、その幸せはどれもいづれ泡のように消えてゆくそういう幸せです。
・しかし、イエスキリストの贖いによって、罪赦され、まことのいのちを賜った者、つまり神の民に加えられた者のその幸せは、やがてにつながってゆく幸せなのです。
・ですから、ここにある、主イエスの御心を代弁しますと、このようになると思います。
・「いま、確かにあなた方の多くは、いつも飢えている人たちかもしれません。いつも悲しんでいる人たちかもしれません。 しかし、勇気を持ちなさい!あなた方は、やがて、主の民として引き上げられる、そういう未来が約束されている幸いな人たちなのです。」
ですから、小躍りして喜びしなさい!あなた方はそのような一人一人なのですから・・」
⑥私事で恐縮ですが・・今月で、この者は、77才の誕生日を迎えました。
つまり、気が付くと、いつの間にか77年も生きてきたということになります。
・後ろをあまり振り返らないようにしている私ですが、今回は少しだけ今までの歩みをふりかえってみました。 すると、暗い感じの事柄が心に浮かんできました。
・「長い間、ずっと貧乏と闘ってきただけだったなあ・・とか。一応牧師という立場で長いこと歩んできたけれども、その働きを考えてみると、確かに年数だけは長く一見立派そうに思えるけれども、大した働きはしてこれなかったなあ・・」そんな暗い思いです。
・しかし、これからの先・・つまり、きょうの聖書個所のイエスさまの言われる、「やがて」に心を転じてみますと、自分は幸せ者だなあ、とつくづくそう思います。
・私は、正にからし種のような小さな信仰者ですけれども・・「これからますます、主にあって熟して行ける、という御言葉の約束と手ごたえをいただいていることです。」そしてもう一つ、その先に・・、「このような頼りにならない者ですけれども、神の国の相続人としての未来が備えられているという、そのもったいないような約束、希望があること」です。
・御言葉にはこのように書かれています。ローマ8:16-17
「私たちが神の子どもであることは、御霊ご自身が、私たちの霊ととともに、あかししてくださいます。もし子どもであるなら、相続人でもあります。私たちがキリストと、栄光を共に受けるために苦難をともにしているなら、私たちは神の相続人であり、キリストとの共同相続人であります。」
⑦そういうわけで、皆さん。怯まない(ひるまない)で前進してまいりましょう・・。
この先にも、笑いは消え、たくさん涙しなければならない困難と向き合わなければならないこともあるでしょう・・。しかしそのような時にも、神さまが、その私たちを見つめておらえる、そのことを忘れないようにしてまいりましょう・・。
・私たちは勝利の冠を約束された一人一人だからです。
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