五つのソラ(第1): 宗教改革

(音声メッセージは礼拝後にアップする予定です。)

皆さん、おはようございます。今日からしばらく、「宗教改革」についてシリーズでお話していきたいと思います。今日は導入ですので聖書箇所は読みませんが、次回以降は聖書を開きながら学んでいきます。

まず、なぜ私が宗教改革について語ろうと思ったのか、その理由にまつわる、ある日本人クリスチャンの話をしたいと思います。

私が好きな YouTube チャンネルに「サキと日本語」というものがあります。クリスチャンである、さきさんが、教会の場面で使える日本語を教えているチャンネルです。最近、さきさんは、プロテスタントから東方正教会へ改宗したことを発表しました。

その理由として、さきさんは、正教会の礼拝には深い敬虔さ、美しさ、歴史との強いつながりがあり、特に聖人たちの歩みとの結びつきが感じられる点を挙げています。このようなケースは日本ではまだ珍しいですが、西洋では今、実際に起きていることなのです。

ここ数年、アメリカでは特にZ世代を中心とした若い人たちの間で、プロテスタントからローマ・カトリック教会や東方正教会へ改宗する人が増えています。その多くは福音派や超教派の教会出身です。

改宗の理由として、「教会が薄っぺらく感じられる」「礼拝がエンターテインメント化しているように思える」「感情的な体験ばかりが重視されている」「説教が神のことばのメッセージというより自己啓発の話のように聞こえる」といったものが、よく挙げられています。彼らは、もっと深いもの、もっと敬虔なもの、そして歴史に根差したものを求めているのです。

この流れはアメリカ特有の問題で、日本にはあまり関係ないと思われるかもしれません。しかし、アメリカの教会で起こることは、しばしば世界中の教会に影響を与えます。

たとえば、私たちが日本の教会で歌っている賛美の多くも、もともとは英語圏の教会から来ています。また、私がマレーシアに帰国した際、柔道クラブで出会った若い男性たちが、「自分はプロテスタント教会を離れて、カトリックか東方正教会に行こうと思っている」と話していました。

このような流れは、私たちに大切な問いを投げかけています。なぜ宗教改革が起こったのか、そしてプロテスタントであるとはどういうことなのかを、私たちプロテスタントは、本当に理解しているでしょうか。

これから数回のメッセージを通して、宗教改革の中心的な教え、その聖書的根拠、なぜそれが今の私たちにも重要なのかを一緒に考えていきたいと思います。

宗教改革の中心的教えは、「五つのソラ(Five Solas)」と呼ばれています。

1.Sola Scriptura(聖書のみ)

2.Sola Fide(信仰のみ)

3.Sola Gratia(恵みのみ)

4.Solus Christus(キリストのみ)

5.Soli Deo Gloria(ただ神に栄光あれ)

今日は、この宗教改革の背景についてお話しします。第一に、なぜ宗教改革は起こったのか。第二に、マルティン・ルターとは誰であり、宗教改革にどのような役割を果たしたのか。そして最後に、この歴史を知ることが、今日(こんにち)の私たちにとってなぜ役に立つのかをお話していきます。

<なぜ宗教改革は起こったのか>

まず、宗教改革が起こる前のキリスト教の状況を理解するところから始めましょう。

キリスト教は長い歴史の中で、教会はさまざまな課題や論争に応答しながら発展してきました。たとえば、初代教会の時代には、イエス・キリストとはどのようなお方なのか、また三位一体とは何かについて、数世紀にわたって議論されました。同じように、中世においても、ローマ・カトリック教会はさまざまな問いに向き合いながら形作られていきました。

たとえば、聖アンセルムスは、なぜキリストの死が罪人にとって必要であったのかを説明しました。また、聖トマス・アクィナスは、キリスト教神学を体系立て、説明するために膨大な著作を残しました。しかし、その一方で、望ましくない方向に神学が発展し、結果として福音が見えにくくなっていった面もありました。

宗教改革が起こった理由は数多くありますが、今日は三つの主な点に絞ります。

第一に、聖書に明確な根拠を持たない神学が発展したから。

第二に、教会が腐敗し、権威が乱用されたから。

第三に、多くの人々が聖書を読まず、その内容にも親しんでいなかったから。

宗教改革が起こった第一の理由は、「聖書に基づかない神学の発展があったから」です。有名な例の一つが、中世に発展した「罪の償い(penance)」の制度です。もともと償(つぐな)いは、信仰を捨てるというような重大な罪に対処し、悔い改めの大切さを示すために発展したものでした。しかし時代が進むにつれて、人々は、神の前で正しい立場を回復するためには、償いの行為を行わなければならない、と教えられるようになっていきました。

さらに、これが煉獄(れんごく)や免罪符の考え方と結びついていきます。煉獄とは、信者が天国に入る前に、罪を清めるための一時的な罰を受ける場所と考えられていました。また免罪符とは、その一時的な罰の期間を短くするもので、お金によって購入したり、宗教的行為によって得たりできると考えられていました。

別の例として、聖餐式の変化が挙げられます。時代が進むにつれて、聖餐は一般信徒が参加するというより、見守る儀式になっていきました。パンとぶどう酒が実際にイエスの体と血になると理解される中で、誤ってキリストの血をこぼさないようにという配慮から、一般信徒にはぶどう酒が配られなくなっていきました。教職者が会衆を代表してパンとぶどう酒を受ける形を取る教会もありました。

宗教改革が起こった第二の理由は、こうした神学的問題に加えて、教会の中に腐敗や権威の乱用が横行していたことです。たとえば、教会の役職がお金で売買されたり、親族に与えられたりすることがありました。また、独身の誓いを立てているにもかかわらず、愛人を持つ聖職者もいました。さらに、教会の権威に異議を唱える者を、厳しく取り締まることもありました。

宗教改革が起こった第三の理由は、聖書に対する理解不足が広がっていたことです。キリスト教初期には、聖書を各地域の言語に翻訳することは、しばしば奨励されていました。しかし中世になると、西ヨーロッパの礼拝では次第にラテン語が使われるようになり、聖書も主としてラテン語でしか読めなくなっていきました。問題は、一般の人々がラテン語を理解できなかったことです。そして残念なことに、多くの聖職者でさえ、聖書への理解が十分ではありませんでした。

聖書を日常の言葉に翻訳しようとする試みは、しばしば教会から問題視されました。ジョン・ウィクリフやウィリアム・ティンダルは、普通のクリスチャンも自分自身で神のことばを読むべきだと主張しました。ティンダルは聖書の英語翻訳をしたという理由で逮捕され、絞首刑によって命を落としました。

しかし、ちょうどその頃、15世紀に印刷技術が登場します。すると書物――聖書も含めて――が、それまでよりはるかに速く広まるようになりました。

ですから、16世紀初頭にマルティン・ルターが現れ、宗教改革が突然起こったわけではありません。救いについて混乱が生じていて、指導者層の腐敗があり、教会は聖書から遠ざかっていた、そのような背景があって宗教改革が起こったのです。

それでは次に、マルティン・ルターと、彼が宗教改革に果たした役割について見ていきましょう。

<マルティン・ルターと宗教改革への貢献>

ドイツの神学者マルティン・ルターは、宗教改革者たちの中でも最も大きな影響を与えた人物です。ルターの父親は、彼に法律家になってほしいと願っていたため、ルター自身も法学を学んでいました。しかし、ある時、落雷に遭いそうになるという出来事を経験し、その後修道士になる決心をします。

けれども、修道院での生活は、ルターに平安をもたらしませんでした。彼は神の聖さを非常に真剣に受け止め、自分自身の罪に深く苦しんでいました。長い時間を罪の告白に費やし、厳しい自己鍛錬や禁欲生活にも励みました。

そんなルターに対して、指導者であったヨハン・フォン・シュタウピッツは、しばしばこう語りました。「自分の失敗ばかり見つめ続けるのではなく、キリストのあわれみと十字架に目を向けなさい。」

その後、シュタウピッツはルターをローマへ送りました。しかしルターは、そこで目にした教会の腐敗や世俗化に心を痛めることになります。さらに後に、彼はドイツのヴィッテンベルク大学で神学を教えるよう派遣されました。

そこで聖書とアウグスティヌスの著作を丁寧に研究していく中で、ルターの福音理解は大きく変わっていきます。彼は、聖書に語られる「神の義」とは、単に神が罪人を裁くための義だけではなく、キリストへの信仰を通して神が罪人に与えてくださる義でもあることに気づき始めたのです。また、教会に対するルターの問題意識はさらに深まっていきました。

当時、教皇レオ10世の認可のもと、ローマのサン・ピエトロ大聖堂など大規模な教会事業の資金調達のために、免罪符の販売が積極的に行われていました。人々の恐れや不安が利用されている状況をルターは憂慮しました。

そこで1517年、ルターは「九十五箇条の論題」を公表します。彼の目的は、悔い改め、免罪符、そして教会権威について学問的な議論を呼び起こすことでした。さらに聖書研究を続ける中で、ルターは、教皇や教会会議も誤り得る存在であり、教会の最終的権威は聖書のみであるべきだと確信するようになります。また、救いは「恵みのみ」「信仰のみ」「キリストのみ」によって与えられると理解するようになりました。これに対して、教会当局は次第に彼を非難し、退けるようになります。

ルターと教会権威との対立は、1521年に頂点に達しました。ルターは、「聖書、あるいは理性によって誤りを示されない限り、自らの著作を撤回することはできない」と述べ、撤回を拒否しました。

その後、彼はヴァルトブルク城に身を隠し、そこで新約聖書をドイツ語に翻訳しました。それは、普通の人々が自分自身で神のことばを読めるようにするためでした。ルターのドイツ語訳聖書は、その後の宗教改革において、聖書を各言語に翻訳し、礼拝を人々の理解できる言葉で行う流れを促す大きなきっかけとなりました。

しかし、ルターの最も重要な貢献の一つは、「信仰によって義と認められる」という教理を再び明確にしたことでした。中世の償いの体系は、次第にキリストの救いのみわざの中心性を見えにくくし、多くの信者に「神の前で受け入れられるためには、自分は十分にできていないのではないか」という不安を抱かせていました。しかし、救いとは、私たちが神のために何をするかではなく、神がイエス・キリストを通して私たちのために何をしてくださったかだということ、それこそが福音だということを、ルターは聖書の中に再発見したのです。

マルティン・ルターも、私たちと同じように罪や弱さを持った人でした。それでも神は彼を用いて、多くの人々の人生に影響を与えました――あなたや私も、その影響のもとにいるのです。

ルターの働きは、その後の宗教改革者たち――トマス・クランマーやジャン・カルヴァンなど――にも大きな影響を与えました。宗教改革によって、礼拝における聖書と聖餐の重要性が回復され、聖餐も再び一般の信徒に広く与えられるようになりました。さらに、20世紀の神学者たちは、宗教改革者たちの教えを整理し、今日(こんにち)「五つのソラ」と呼ばれる形でまとめました。

今日、ここIBFに集っている私たちも、この宗教改革の遺産を受け継いでいます。

次になぜこの歴史を知ることが、今の私たちにとって重要なのかを考えていきましょう。

<なぜ私たちはプロテスタントの歴史を知るべきなのか>

私が思うに、その理由の一つは、教会が過去に犯した過ちを繰り返さないためです。また、歴史を学ぶことによって、教会が聖書の教えから少しずつ離れてしまう可能性があることにも気づかされます。

伝統は積み重なっていきます。その中には良い伝統もあります。しかし一方で、私たちの目をキリストや、その完成された救いのみわざからそらしてしまうものもあり得ます。これこそ、宗教改革者たちが問題としていたことでした。

彼らは新しいキリスト教を発明しようとしたのでも、新しい教会を作ろうとしたのでもありません。むしろ、既に存在していた教会を、キリスト中心へ、そして聖書の権威へと立ち返らせようとしたのです。

ここでもう一度強調したいのは、すべての伝統が悪いわけではないということです。良い伝統の例として、「あいさつの時間」があります。これは IBF を含む多くの教会で行われています。礼拝の初めに、近くに座っている人たちとあいさつを交わしますね。この習慣は、初代教会の「平和のあいさつ(passing of the peace)」という慣習に由来しています。聖餐の前に、信徒同士が互いに和解し、もし兄弟姉妹との間に問題があるなら和解しなさいというイエスさまの教えに従って、平和を確認し合ったのです。

さて、歴史を学ぶことは、私たちの理解を豊かにするだけではありません。同時に、自分たちの信仰理解に過信しないことも教えてくれます。教会は、常に自らを聖書によって吟味し続けなければなりません。

そして私たちは、少し居心地が悪いと感じても、例えば、「今の私たちの教会は、聖書の教えから離れてしまっていないだろうか。」というような問いを自らに問わなければなりません。

プロテスタントは簡単に、「カトリックには非聖書的な伝統がたくさんある。だから彼らは間違っていて、私たちプロテスタントが正しい」と言ってしまうことがあります。しかし、私たちプロテスタントにもまた、伝統があります。そして、その伝統も吟味されるべきなのです。

たとえば、礼拝についての私たちの理解を考えてみましょう。私は福音派の教会に通っていたので、クリスチャンになった頃、よく「今日の礼拝は良かったね。」というような言葉を耳にしました。多くの場合、それは、賛美の時間が盛り上がった、雰囲気が感動的だった、説教が自分の心に響いた、という意味でした。つまり、礼拝の中心が「自分がどう感じたか」になっていたのです。しかし、聖書的に考えるなら、礼拝は私たちや私たちの感情が一番にくるものではありません。礼拝は、まず何よりも神に向けられるものだからです。

宗教改革者たちは、礼拝を現代とは少し異なる形で理解していました。今日(こんにち)の福音派教会では、「礼拝」という言葉が賛美、歌の時間を指すことがあります。ちなみに、按手(あんしゅ)を受けた牧師ではない礼拝リーダーが導く賛美の時間としての「ワーシップ」という考え方は、実は比較的新しく、20世紀のアメリカで発展したものです。

宗教改革者たちにとって礼拝とは、礼拝全体――賛美の歌だけはなく、聖書朗読、罪の告白、信条の告白、祈り、みことばの宣教、そして聖餐――そのすべてを含むものでした。

そして、クリスチャンは礼拝全体を通して神と出会うと考えられていました。私たちが今日(こんにち)教会で行っていることが、明確に間違っているとか、罪深いというわけではありませんが、それは本当に健全なのか、あるいは改善の余地があるのか、私たちは絶えず見極めていく必要があります。

もう一つ例をお話しします。私は数年間、アメリカのテキサス州の教会に通っていました。その教会の日曜礼拝は、コンサートのような賛美と、主任牧師による力強い説教が中心でした。その牧師は宣教において非常に優れた賜物を持っていました。けれども、その教会でちょっと変だなと感じたことがありました。それは、聖餐の扱い方です。聖餐は礼拝の中に組み込まれていませんでした。代わりに、パンとぶどうジュースがチャペルの目立たない隅に置かれていて、希望する人は礼拝後に個人的に取りに行く、という形でした。私には、それがどこかタイ料理店や中華料理店で食事をした時のように感じられました。そうした店では、会計後に受付のところに置かれた飴を自由に取れるところがあります。そのテキサス州の教会の聖餐は、少しそのように感じられたのです。「欲しいなら取ってください。取らなくても別に構いません。」と、そんな印象でした。

ですから、若いプロテスタントたちが、もっと敬虔さや深み、歴史とのつながりを求め始めているのも当然の流れといえるかもしれません。若い人やノンクリスチャンに教会を魅力的に見せようとして、多くの福音派教会や超教派教会では、礼拝を単純化し、歴史的なキリスト教礼拝というより、現代的なエンターテインメントに近い形へ変えてきた面もあります。しかし、その答えは必ずしも、よりカトリック的になることでも、より正教会的になることでもありません。また、過去をそのまま再現すればよいということでもありません。

むしろ必要なのは、プロテスタント教会が、自分たち自身の最も深い理念を取り戻すことです。その理念とは、神のことばを中心とした礼拝、聖書に忠実な宣教、教会で聖餐式を共にすることです。多くの意味で、それこそが宗教改革の中心でした。

そして、もし私たちが本当にこれらを大切にしていくなら、礼拝は自然と敬虔さと深みを持つものになるのではないかと私は思います。

では、歴史とのつながりについてはどうでしょうか。マルティン・ルターと宗教改革者たちは、「歴史とのつながり」をまず第一に教理という面で理解していました。彼らが目指したのは、キリストと使徒たちによって教えられた、最も初期で純粋な信仰を回復することでした。

IBF教会に豊かな歴史の感覚があることは、私はすばらしいことだと思います。実は私自身、そのような理由から英国国教会員になれたらと夢見ることがあります。

しかし、最終的に大切なのは、私たちがイエス・キリストの福音に忠実であることです。

その課題は、今もなお教会に与えられています。

宗教改革も完全ではありませんでした。そして、どの教会も完全ではありません。私たちが伝統を多く持っているか少ないかにかかわらず、すべての伝統は聖書によって吟味され続けなければならないのです。

<結論>

最後にまとめたいと思います。私たちは今、多くのクリスチャンたちが、教会において、もっと深い敬虔さや深み、そして歴史とのつながりを求めている時代に生きています。その願い自体は良いものです。しかし、本当の深みは、単に古い儀式や外見の伝統の中に見いだされるものではありません。本当の深みは、キリストを中心とし、聖書に土台を置き、みことばと聖餐式などの儀式によって養われ、福音によって形づくられる教会の中にあります。

私たちプロテスタントは、自分たちの歴史を知るべきです。しかし、それは歴史を誇るためではありません。そこから学ぶためです。

宗教改革には、古くから語り継がれている、ある言葉があります。それは、Ecclesia semper reformanda est ――「教会は常に改革され続けなければならない」という言葉です。

教会は世代ごとに、絶えず聖書によって自らを吟味し続けなければなりません。なぜなら、誤りや逸脱は、時間をかけて少しずつ入り込んでくるからです。これから数か月にわたって、宗教改革の教えである五つのソラについて共に学んでいきます。

その中で、ただ歴史を学ぶだけではなく、福音への愛がさらに深められていくこと――それが私の祈りです。

それでは、お祈りしましょう。

恵み深い神さま。あなたのしもべ、マルティン・ルターは、あなたの愛の炎によって燃やされ、教会において燃え輝く光となりました。あなたは彼を用いて、高ぶりをへりくだりへ、誤りを真理へと導いてくださいました。どうか私たちにも、同じ愛と規律の霊をお与えくださり、その炎で燃え立たせてくださいますように。そして、光の子どもとしてあなたの御前を歩ませてください。神、聖霊と共にとこしえに御国を治める主、イエスキリストの御名によってお祈りします。アーメン

 

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